2002年、気鋭のプロデューサーであるリック・ルービンとタッグを組んでリリースされた生前最後のアルバム『The Man Comes Around』。様々な困難を乗り越えて、それでも歌い続けた70歳のジョニー・キャッシュのキャリアの集大成がここにある。
「Man In Black(黒づくめの男)」、ジョニー・キャッシュを単なる「カントリーミュージックの有名アーティスト」として認識しているのならば、是非ともこの『The Man Comes Around』を聴いていただきたい。このアルバムにはカントリーミュージック特有のいささか陽気なサウンドは微塵も存在しない。そして、ジョニー・キャッシュの晩年の素晴らしい作品群は、音楽プロデューサー、リック・ルービンを抜きには語れない。
シンプルを追求したリック・ルービンのプロデュースワーク
本作『The Man Comes Around』をはじめとする、ジョニー・キャッシュの最晩年のアルバム群は、リック・ルービンが創立したレーベル「American Recordings」よりリリースされている。
この一面だけで判断すると、本作『The Man Comes Around』をはじめとするジョニー・キャッシュの「American Recordings」からリリースされた一連の作品群の極めてシンプルなサウンドは到底想像できない。しかし、リック・ルービンはこれらのヒップホップやロック方面の活動の一方で、ウィリー・ネルソン、ニール・ダイアモンド、ドノヴァンなどの、フォークやカントリーのミュージシャンのプロデュースも手掛けている。リック・ルービンのプロデュースワークの大きな特徴は、過大なコンセプトやテクニカルな要素を重視するのではなく、あくまで素材の良さ(アーティストの才能)を最大限に発揮した作品作りにある。
本作『The Man Comes Around』では、ジョニー・キャッシュのオリジナルナンバーに織り交ぜて多くのカヴァー曲が収録されている。
誰もが一度は耳にしたことのあるスタンダードナンバー「Danny Boy」、ポール・サイモン作の「Bridge Over Troubled Water」、スティング作の「I Hung My Head」、ビートルズのナンバー「In My Life」、ナイン・インチ・ネイルズの「Hurt」などが収録されている。ジョニーー・キャッシュは、これらの多種多様な楽曲を分け隔てすることなく、ゆったりと疲れたバリトン・ボイスで力強く厳かに歌い上げる。ジョニー・キャッシュはそれらの楽曲が内包する、愛、希望、絶望、死、祈りなどの普遍の事象に誠実に向き合い、まるで自身のルーツを確かめているかのように歌っている。
歴史的傑作となった収録曲「Hurt」のプロモーションビデオ
2002年に制作された本作の収録曲「Hurt」のプロモーションビデオは是非とも観ていただきたい。この作品は2003年の「MTV Video Music Awards」の最優秀ビデオ撮影賞を獲得しており、監督を務めたマーク・ロマネクは「自分にはこれ以上の作品をもう作れない」とコメントしているほどの素晴らしい出来栄えである。楽曲の作者であるナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーは「涙が出た。背中を押された気持ちになった」とコメントし、自身の復活の大きな一助となった。(当時、トレント・レズナーは度重なるドラッグ中毒に苦しんでいた。)
No Music, No Life。 私は音楽がないと生きていけないような人間ではないが、今回紹介したジョニー・キャッシュのアルバム『The Man Comes Around』の無い私の人生は少し寂しいような気がする。きっと私はこのアルバムをずっとずっと聴き続けることになるだろう。
最後に、ジョニー・キャッシュに関するの少し印象深い話を紹介しよう。 ジョニー・キャッシュは、生涯の伴侶となるジューン・カーターと1955年に出会い、1968年の自身のコンサートで演奏中に「君と結婚したい。今返事してくれないとこれ以上歌えない」と、電撃的なプロポーズを行う。そして2人は翌週に結婚式を挙げ夫婦となった。 本作『The Man Comes Around』が発表された翌年の2003年5月、最愛の妻ジューン・カーターが73歳でこの世を去る。その4ヶ月後、ジョニー・キャッシュはかつてのプロポーズの言葉通り、ジューンの後を追うようにして静かに息を引き取ったという。
1. The Man Comes Around
2. Hurt
3. Give My Love To Rose
4. Bridge Over Troubled Water
5. I Hung My Head
6. First Time Ever I Saw Your Face
7. Personal Jesus
8. In My Life
9. Sam Hall
10. Danny Boy
11. Desperado
12. I'm So Lonesome I Could Cry
13. Tear Stained Letter
14. Streets of Laredo
15. We'll Meet Again