
ソニー・ロリンズは姿を消し、ブルックリン橋やウィリアムズバーグ橋で1人黙々とサックスの練習をしたり、後輩の若いアーティスト達の指導を行っていたという。最初は練習場所にブルックリン橋を選んだが、人どおりが多くて集中できないため、ウィリアムズバーグ橋に移動して練習を繰り返した。が、ここでの練習風景を雑誌記者に写真を撮られていまい、結局はニュージャージー公園で練習を行うこととなった。
そんな2年余りにおよぶ雲隠れを経て、ロリンズが1962年に表舞台にカムバックして吹き込んだのが、この『The Bridge』である。
ロリンズが復帰を果たした1962年、ジャズ界のスタープレイヤーは、フリージャズの盟主「ジョン・コルトレーン」。そんな中、もう1人のスターミュージシャンであるソニー・ロリンズのカムバックは凄まじい話題となったという。ロリンズの復帰作の契約をしたいというレーベルは後を絶たず、契約額は跳ね上がり、中小のジャズレーベルが手出し出来ないような額となっていたという。結局、ロリンズの復帰作の権利を落札したのは「RCAビクター」。アルバム1枚の契約額は当時で15,000ドルという破格のものだったという。
ソニー・ロリンズの極めつけの名盤といえば、1956年に録音された『サキソフォン・コロッサス』だが、是非とも、この『The Bridge』と聴き比べていただきたい。まばゆいばかりの才能で吹き込んだ『サキソフォン・コロッサス』から、苦悩を経て完成させた『The Bridge』へ至るロリンズのメンタリティの変遷がリアルに伝わってくる。
『The Bridge』には『サキソフォン・コロッサス』の突き抜けるような疾走感、爆発にも似た瞬発力は感じないかもしれないけれど、ロリンズが2年余の内省的な生活で獲得した「核」のようなものがヒシヒシと感じ取ることができる。持ち味である疾走感は小気味よくコントロールされているし、ロリンズとジム・ホールのギターの親密な掛け合いが心地よい。
私にとってこのアルバムは、毎日の生活で疲れた心の緊張を、不思議とスッと解いてくれる大切な1枚である。
余談になるが、私は2度ほどソニー・ロリンズの演奏を生で見たことをある。
既に60を超えた頃の演奏であったが、その構成力と表現力には2度とも圧倒されたことを憶えている。さすがに高齢による体力の衰えからか1曲吹き終わる度に疲労をにじませている印象だったが、曲を演奏している最中のロリンズには一歩も退かない気迫を感じた。
そのライブの帰路、私は1962年に思いを馳せた。
ジョン・コルトレーンが黄金のカルテットを組織し、残された5年という命を燃やし尽くすようにジャズの高みを目指し加速していった。そんなコルトレーンと凌ぎを削っていた全盛期のロリンズの演奏はどれほどのものだったのだろうか、と。