
ジョン・コルトレーンのバラード集を一枚だけ選ぶとするならば、私はこの「Crescent」を選ぶことになるだろう。確かに『John Coltrane and Johnny Hartman』の演奏も素晴らしいし、もちろん『Ballads』も文句の付けようのない名盤だ。だが、この『Crescent』には、ジョン・コルトレーンという人間が持つ宿命的な「業」を感じるのは私だけだろうか。『Crescent』には他のバラード集のような甘さや気軽さは無いが、全曲オリジナルで構成された本作『Crescent』はコルトレーンの厳格さが前面に出た重厚なバラード集と言えるだろう。
この時期のジョン・コルトレーンには様々な出来事が起きている。
精力的なヨーロッパツアーの成功、オーネット・コールマンとの刺激的な競演、インパルスとの好条件での再契約、コルトレーンの長男の誕生、これらはコルトレーンにとって良いニュースであったが、親友エリック・ドルフィーがベルリンで病死したことは、コルトレーンのメンタリティに大きな影を落とす出来事となった。(遺品となったバスクラリネットとフルートは、エリック・ドルフィーの母親よりコルトレーンに贈られた)
そんな状況の中、この『Crescent』は録音され、半年後の『A Love Supreme』へと繋がっていく。
アルバム『Crescent』全編にシーツ・オブ・サウンドを散りばめたコルトレーンの演奏は、決してバンドから乖離することなくぎりぎりの距離感で1曲1曲丁寧に積み上げられていく。エルヴィン・ジョーンズのドラムは控えめにリズムを刻み、マッコイ・タイナーのピアノは美しいハーモニーを奏でる。ジミー・ギャリソンのベースが少し気を吐く場面も用意されているが、それも「静」を演出するパートとしても興味深い。ジョン・コルトレーン、エルヴィン・ジョーンズ、マッコイ・タイナー、ジミー・ギャリソンの黄金のカルテットの演奏は、まさに円熟の域に達しようとしているのが分かる。特に標題曲「Crescent」でのコルトレーンの切迫感あふれる演奏に注目していただきたい。最初のテーマまではゆったりとした穏やかなプレイだが、曲の中盤に差し掛かると徐々にコルトレーンのプレイに変化が現れる。満月がゆっくりと欠け鋭角な三日月(Crescent)が姿を現すように、コルトレーンのプレイに鋭さが増していく。
この『Crescent』を聴く度にいつも思い浮かべるのは、スプリンターがスタートの前にクラウチングスタートの姿勢をとり集中力を高めていく様子だ。
間もなくスタートを切るコルトレーンの前人未到の疾走は誰にも止められない。